スベることを恐れない。スベることに気付かない。 がモットーの、 管理者のせいや(Seiya)が、 歌詞解釈(歌詞の解釈ではありません。笑)をしたり、 小説を書いたり、 その他諸々書いたりします。 スベることを恐れない。スベることに気付かない。
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2016年11月3日木曜日
さだまさし 歌詞解釈 Interpretation (Part.5 ~Others~)
「甲子園」
「喫茶店のTVでは 夏の甲子園
準決勝の熱気が 店のクーラーと戦ってる」
さださんはなぜ敢えて
「準決勝」に
したのだろう?
「負けた人は現在(いま) これを観ているのかしら
それともまた来年を夢見ているかしらと ソーダ水
多分君は知らない 「この次」なんて言葉に
期待しない男は 案外多いって事をね」
けれど、そのことを「君」に
言う必要は無い。
「「ホームラン」と突然TVが叫ぶ
また誰かの夢がこわれる音がする」
僕はふと君との来年を思う
故郷ゆきのチケット
二枚握りしめたままで」
誰の夢なのだろうか?
「3000幾つの参加チームの中で
たったの一度も負けないチームは ひとつだけ
でも多分君は知ってる 敗れて消えたチームも
負けた回数は たったの一度だけだって事をね」
トーナメントにはそういった
残酷な側面もあります。
「「あと一人」と突然TVが叫ぶ
君は僕をみつめ 涙をこぼしてる
背番号14の 白いユニフォームが
彼の青春の最初で
最后の打席に入ったところ」
なぜ「君」は
涙をこぼしているのだろうか?
最后の打席に入った「彼」にとって
「君」と「僕」はただの
赤の他人なのだろうか?
「下宿屋のシンデレラ」
「洗濯物に囲まれて 毎日を過ごします
下宿屋の娘です おつとめと心意気」
心意気が
大事ですよね。
「レンガ通り抜けてゆく きらめきの女学生
憧れてため息をつく日だってありますわ」
きらめいて見えたのか、
はたまた本当にきらめいていたのか。笑
「でも ひとつだけ信じてた チャンスは誰にでも
平等に与えられるはずですもの」
その「ひとつ」が
大事なのかもしれません。
「下宿屋のシンデレラ 物干台のマドンナ
オーデコロンはシャボンの薫り」
それは本当に、
オーデコロンなのでしょうか?笑
「がんばった人には それなりの幸せが
いつかきっと扉を叩く
空に白い雲」
空を見上げたのかな?
「お伽話じゃこの後 王子様が現れて
めでたしの結末を迎える訳ですが
わたくしが病いに倒れたその時に
花束と おせんべと 手紙が届いたの」
遂に、
王子様現る?!?
「でも 現れたその人は どこかしらぼーっとした
あろう事かお向かいの洗濯屋さん」
( ゚Д゚)
「そんな訳で相変わらず 洗濯物に囲まれて
今は子持ちのおばさんですわ」
おお、展開が速い。笑
「下宿屋のシンデレラ 物干台のマドンナ
オーデコロンはシャボンの薫り
子供達に囲まれて それなりの幸せ
あなたやっぱりわたくしの王子様
空に白い雲」
やっぱり
王子様でした。
めでたしめでたし。
(笑)
「飛沫」
「ある雨の朝のこと
少年が
傘を差して
立っていた」
何故
立っていたのだろう?
「笑顔で片手を 高く上げて
雨の中で 飛沫を浴びて
立っていた」
何故
飛沫を浴びていたのだろう?
「何故
停まってあげなかったんだろう?」
全ての謎が
解決しました。
「ハックルベリーの友達」
「Huckleberry Friends Forever
Huckleberry Friends Forever」
ハック人生は
波乱万丈なようです。
「ばったり街角で 出っくわした時に
がっかりしたんだよ 君の目が曇ってた
あんなにキラキラと 輝いてたのに
大人になったと 言い訳はいらない」
「忙しい」ならまだしも
「大人になった」は
言い訳に過ぎないのかもしれません。
「ちょっと待って いつだって僕ら Huckleberry Friends
忘れないで 子供の頃の夢を」
今は会うことはできていなくても、
その記憶が消えることは無いはず。
「すっかり疲れたら こっちへお帰りよ
そんなに世の中を つらく思わず
もっとときめきなよ ずっと君らしいよ
死ぬまで子供の 心を守ろう」
「子供の心を持つ」事と
「子供である」事は
違うと思うのです。
「きっと いつだって僕ら Huckleberry Friends
指切りしたじゃないか」
「指切り」ってなんだか
懐かしい響きですね。
「Huckleberry Friends Forever
Huckleberry Friends Forever」
ハックの人生が
導き出した答とは?
「一期一会」
「ささやかに 泣きましょう
ささやかに 笑いましょう
いつか又 会えるでしょう
その時まで いざさらば さらば」
「ささやかに」
というのは、
「目立つ必要は無い」
という意味かな?
と思いました。
「巡り会い 愛し合い
時として 悩み苦しんで
慈しみ かばい合い
泣いて笑って 生きている」
時として。
「しあわせと ふしあわせの
違いなんて ささやかなもので
例えるなら 2ミリほど
ずれた程度の すきま風」
たとえ2ミリの隙間でも
木枯らしが吹くことも
温風が吹くことも
ありますよね。
「生まれ来て 生き抜いて
友達と呼べる人に会う
支え合い 愛おしい
あなたに 出会うために」
「友達と呼べる人との出会い」に
意味付けをするのは難しい。
「喜びと 悲しみの
違いなんて ささやかなもので
月にむら雲 花に風
夏の淡雪 冬の花火」
月にかかる雲や
花に吹く風と同じ。
夏に煌めく雪
冬に彩る花火
のようなものかも しれません。
「巡り会い 愛し合い
時として 憎み合いながら
大切に 出会っては
別れてゆく 一期一会」
時として。
「ささやかに 泣きましょう
ささやかに 笑いましょう
いつか又 会えるでしょう
その時まで いざさらば さらば」
ささやかに泣けるように。
そして
ささやかに笑えるように。
僕なりの解釈です。
見てくださってありがとうございました。
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「甲子園」の歌詩にでてくる彼女の涙の理由が気になります。
返信削除もしかして、別れ話・・・になりそうな雰囲気なのかな?
削除KUON さん、コメントありがとうございます!
僕も最初はそう思いました。
そして、その可能性もあると思います。
ここからは完全に僕の推測なのですが、あと一人になった「彼」は、実は彼女にとっての、「親戚」なのではないか?
もっと言ってしまえば、「息子」なのではないか?
もし仮にそうだとすれば、涙の理由は分かる気がします。
あくまで推測です。笑
とても斬新な推測ですね。すごい。
削除私はやはり、別れそうな二人の事に思えます。